マジ(本気)でぶつかること。

日曜日は、生きづらさを抱えた10代の集いに行ってきました。

 

実は当会が初めて『凸凹Friday』という取り組みをする1週間ほど前に

第1回の集いの取り組みを始められて、今回で9回目、

月一で開催をしています。

 

当会の居場所の取り組みと同じで10代の集いも10代の

当事者が主催者になって思い(意見)を言う場として開催

しているそうです。

 

代表の青年曰く、「子どもが本音で語れる安全な場を作っている」

「大人はそれを見て何かを感じてほしい(大人が行動を)」

という思いが立ち上げの趣旨だそうです。

 

感じたのは、マジ(本気)でぶつかることってできないっていうこと。

そういう場がないし、そういう場を持っても、子どもたちだけでなく

大人がオブザーバー(傍聴者)になって聞いてくれることが必要

とのことで、でもその状況が逆に、それがマジ(本気)でぶつかれない

っていう懸念材料にもなっていることもあるなかで、子どもたちは

本気でぶつかってきました。

 

マジでぶつかることができないまま、大人になっていく子どもたち・・・

結局、大人になっても本気でぶつかることから逃げてしまう。

 

でも、子どものうちに本気でぶつかっておく経験が大人になっても

逃げずに向かいあうことにつながるように思いました。

 

マジでぶつかれず、悶々としている生きづらさを抱えた子どもたち。

もちろん、面と向かって言えない人もいますし、ぶつかることを

仕向けたりすることはまた違います。

 

でも、マジでぶつからせることを制限させてしまっているのは大人であり、

マジでぶつかってきてもそれを何も言わず、受け止めてあげるのも

大人の役割だと感じました。

 

これは、当会についても同じで、当事者が本気で声をあげ、

ぶつかっていくことから逃げていないかと、支援者が本気で

ぶつからせることを制限していないか?

当事者がぶつかってくることに対して受け止められているか?

 

当事者がマジでぶつかってくることは本当に必要なことだと思います。

支援者はそれで何かを感じ、行動を起こすきっかけにしてほしい。

 

当会にも支援者によるオブザーバー(傍聴者)は歓迎しています。

4月でいえば、凸凹視察団の取り組みにはぜひとも支援者の皆さんに

オブザーバー(傍聴者)として参加していただきたいそう訴えます。

 

当事者も支援者もお互い責任をもって向かい合うこと、目を背けないこと

逃げないこと。時にはぶつかり合うこと。

 

それができずに最悪のケースに発展しまうケースもあります。

「生きているだけでいい」。ぶつかれずに苦しい思いをしたまま

大人になってしまう子どもたちや苦しい思いを抱えたまま

吐き出せない大人達をこれ以上増やさないために何ができるのか?

考えていきたいと思います。

 

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