【個人活動構想】凸凹の会の看板下ろし新たなステージへ

 

もともと、会として立ち上げるつもりでなかったこの取り組み。

 

でも、当時この発想がありませんでした。

【「個人名として個人活動」すること】です。

 

今思えば、当時この発想があればとなんで思わなかったのだろう。

 

結論から申し上げますと丹後で凸凹の会として活動していくこと

が非常に難しくなってきています。

 

会の名称は「丹後地域当事者サークル よさの大人の凸凹の会」

ですが、立ち上げ当初からサークルを名乗っているのに実質的な

ワンマンサークルになっていることは以前から言ってきていました。

 

さらに、こちらも立ち上げ当初から名乗っている「よさの」に

関しても与謝野町での取り組みができていないのが現状・・・

 

そのうえ、後に加えた「丹後」についてもこの一年やってきて

当事者を巻き込んでの丹後での活動さえも難しいことが浮き彫りに

なってきました。

 

サークルでもなければ、よさの(与謝野町)でも丹後でも活動として乏しく

向いている方向は京阪神と名称としても会としても実態にそぐわなく

なってきているのです。

 

このまま会という名称だけが独り歩きしてしまっては

誤解を招いてしまいかねないです。

 

以前、Facebookに次のような投稿をしました。

 

『目立たせたいとか広めたいとかは思いたくない。

そんな凸凹の会なら一日も早くなくしたほうがいい。

それよりも凸凹の会の看板をいい意味で下ろせる

社会が来ることを願いたい!』

 

実は、いっそのこと凸凹の会の看板を下ろしたいとずっと思っています。

 

ズバリ!会の看板を外してわたくし個人としてやっていく道を

模索していくのがいいのではないかと思ったのです。

 

当事者界隈を見てみると当事者会でなく一個人として個人名で活動

されている人もおられ、親しみやすいニックネームを付けていたりと

それで自分というもの(キャラクター)を出していて、とても好感が

持てたりと、吹っ切れているように思えるのです。

 

いま、つながりの作法という本を読んでいて、確かに当事者会というのは

同じ悩みを共有できる場として有益ではあるが、それがすべての当事者にとって

というわけではないのです。

 

やはり、満足度は人によって違う、本当に満足な当事者もいれば、

そうでない「ここは自分の居場所ではないのだろう」と思う当事者の方も

います。そのうえで、『当事者研究』というのに触れているのですが、

当事者は人それぞれ違っているわけで、それをある当事者会でひとまとめにする

ことは非常に難しいことです。

 

わたくしは、個人である『個』を生かしていくことに気づきました。

 

マイノリティ(少数派)の人たちが個人として活動しているなかには

先ほども触れたとおり、発達障害当事者の中にもいます。

 

最初にも触れましたが、この取り組みの原点は

「会として立ち上げるつもりはなかった」のです。

 

なら、いまこそその原点に立ち返って

「会(サークル)としてではなく個(個人活動)」

シフトしていくことなのかなと思っています。

 

来年の春までは会(サークル)を残したまま活動を続けていきますが、

近いうちに個人名を披露したいと思います。

 

そして来年の春には会(サークル)の看板を下ろし

個人活動に移行していく計画で進めていきたいと思っています。

 

 

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